木曽八流,あるいは木曽三十六流

木曾川

 

「主な分流を,一の枝川,三の枝川などと呼ばれ,尾張平野を乱流するこれらの多くの流れを,
木曽八流,あるいは木曽三十六流などと,書き残されている。

御囲堤がつくられると共に木曽の流路は水をたたれて,川底までが利用できる土地になったが,この時点において,扇状地の開析が停止して,そのときの地形をいまに残すこととなった。」西村大民『尾北の歴史』より