「時の市場」との出会い

布袋野

 

ある街、その風景を考える。
そこにはほんとうに数多くの歴史的風景が残されていることに気付く。
そして,その風景は刻々と移り変わり・・ある意味で淘汰され、いつの間にかその風景に馴染んでいくモノたちがある。
歴史レイヤーとしての時の断面,それだけをはぎ取ってきて、その断面だけをジックリと眺めるのも良いが、それは本来のその地域を理解するにはあまり良い方法ではないように思う。考古学・歴史学の多くは、ほとんどこのパタンだ。
しかし僕は,その地に息づくいい知れぬ「全体性」をもっと大切にしたいと考えるようになった。

そこに行き着くと、古い時代の記憶や人の思いのような怪しい雰囲気が漂ってくるのだ。そして街を歩くと、そうです、突然,唐突に間歇泉のようにある物語が蘇る瞬間に出会う。不思議なモノが残された風景と出会う。その一瞬がたまらなく楽しくなってきた。おそらく、それはその地域・場面に適合し、いつの間にか歴史の重みになって沈殿していったものではないだろうか。それらはバラバラであるかのようで,どことなく繋がっているような、いないような・・。そして彼らはその場面に対して不思議な時空間を醸し出す効果がある。こうしたモノたちを、どのように表現したら良いのだろうか・・。

「時(とき)の市場(しじょう)」との出会い
どこにでもある。そして何処にでも無い、ここにしかない、「時の市場」との出会い