木之下城を歩く

犬山城下町

木之下城伝承館・堀部邸 企画

木之下城界隈の文化遺産を散策する,その1。謎の木之下城の痕跡と犬山城下町の成り立ちを見つける旅がはじまります。何とか基礎的な図面ができあがりました。なるほど,,この城下町の起点が見えてくる・・・。数値データを読み込みあれやこれやとしているうちに,,白山平山頂の東之宮古墳もその山麓の妙感寺古墳も見事に浮き出てますね。いい感じです。そして僕が生まれた空域がどういう場面かも見えてくる。木之下城界隈

通説では木之下城について次のように描かれている。15世紀後半に起こった応仁の乱により,美濃国の守護代であった斉藤妙椿(さいとうみょうちん)が斯波義敏(しばよしとし)の領地である尾張地域を攻略するため,鵜沼に進軍,これを察した義敏の臣であった織田広近(おだひろちか)が,その防御のため文明元年(1469)5月に城砦を現在の木之下地区に築いたのがはじまりとされている。

・織田広近は現在の大口町に所在する小口城を拠点とし,木之下城を支城として護りを固めた。以後は代々織田氏が居城し,六代目とされる織田信康(おだのぶやす)が天文6年(1537)に木之下城を廃城し,現在の犬山城付近に城を移した。