飯野坂と竹の水門

飯野坂

今日から二上山邪馬台国シンポ,まもなく出発です。「みちのくと大和」いくつか確認したい事があったので,このシンポで最新の情報が聞けるのがとても楽しみです。僕のプレゼンは明日の午前中です。その最大のヤマ場は,飯野坂古墳群とその所在する場面。良いですね,ここしかな,,という場面だな。理解していただけるかが・・問題だ。プレゼン力を高めて,頑張ります。もちろん今回も自称「狗奴国官房長官」としての仕事もします。それにしても「愛島(めでしま)丘陵」とはとても素敵な名前です。

日本書紀ヤマトタケル東征伝承に登場する一場面です。竹水門,下馬評での評価が高い七里ケ浜ではなく,愛島丘陵界隈,ここだと思うが・・。というお話ではなく,その地域にはそこがどのような場所なのかを明確に示す場所があり,時間軸を貫いて今でも生き続けているモノがある。・・と信じてます。我が故郷ではもちろん白山平である。陸奥の國,名取の郡。そして飯野坂古墳群,東海の香りが僅かにするね。この場所が寄り来る何かを保つ場面であり,そこに吸い寄せられるように寄り来るモノたちが重要です。続縄文や東海系という古墳文化,,などなど。であるから,古墳造営地は単なる一部族の王墓系譜ではない,,と考えています。

そして円形墓と方形墓の拡散についてのお話もする事になると思います。それは「会津」が場面となる。