ヒト・モノが執拗に動く時代

土器

邪馬台国・狗奴国時代の文化遺産学 本日最終日になりました。「魏志」倭人伝から見えてくる列島の2・3世紀の風景を,,と考えたのですが,どうも上手くまとめきれていない印象です。国邑の大きさや人口,そして地域社会の風俗,最後にヒト・モノの動きをキーワードにお話しできればと考えました。キリ口が同じようになってしまい,今一つかな・・。大反省。今一度,文化遺産学的視座から列島各地を徘徊する事。再出発を考えてます。

僕は,いわゆる「邪馬台国所在地論争」には参画しません。

女王卑弥呼に反旗を翻した謎の王国,「狗奴」という場面が,東海地域にあると主張はしてますが,そのまとまりが,本音は「狗奴」でなくてもいっこうに,,かまいません。邪馬台国についても,主張はしますが・・。

目的は二つ,

1:2・3世紀の列島社会,そこには個性豊かな部族社会が存在した。それを一つ一つ評価することが必要だ。

2:九州島だけ,近畿地域だけ,という視点。そしてそこから波紋のように全てのモノが広がる,,という視点はもう止めよう。

あなたが暮らす地域の邪馬台国時代は,どんな顔のどんな服装のヒトたちがいて,どんな風景だったのか。それが知りたい。だけです。