「郡」的規模

古殿八幡社狛犬

「郡的規模を強く意識」する事と「部族社会的志向性」の覚醒
僕が夢見るこの列島の本質的「活性化」運動の視点です。
郡はもう,滅んでしまったのだろうか・・。東海地域を見渡しても,かつての「郡」を冠する自治体はほとんどなく,大合併で「郡」を意識した地域もあるようだが,僕的にはすべて「まやかし」で行政的だと思う。「評」「コオリ」,好い響きである。自然な趣をいだきながら,,地誌的・地理的な思いがすべてこの「評」に集結しているように思えてくる。まさに豊かな自然に育まれたこの列島の多様な地域を,しっかりと見つめる原点がここにあると考えている。ぜひ,蘇らせよう。

今日こそ,あえて「郡・評」という意志・意識を復活すべきはなかろうか。そしてその中に息づく個性的な「郷」を造り上げる事。街ではなく,郷である。そして方言だ・・,美しいフレーズがその風土に響き渡るぞ,好いね。こだわる。古くから続く慣習や習俗。その具現化されたお祭り。継承されるムラのシステム。許されない掟。個性的で地域色豊かなものがさらに素晴らしい。かつてはそうだったのだ,,と思うのです。その場面にこそ多様性を受入れる土俵があり,異文化を好しとする優れた受容性が生まれる。多様で雑多な日常性豊かな各地域社会が観えてくる。そこかしこに潜んでいる文化遺産が語りはじめるのです。この場所はどういう所なのかを・・。そして先人たちが命をかけて残してくれた地域社会を維持する・守る「叡智」がそこにある。決して一律ではない

だから,問いかけは・・「君はどこの「国つ神」の民なのか」。・・・