違和感の中の空域に入り込んだようだ

狛犬陶器

 

朝一番にご近所をお散歩。昨日とうってかわってお天道様が眩しいです。合掌・・。

最近,再び狛犬たちに出会う機会が増えてきた。ある街の狛犬悉皆調査も自主的にはじめようとしているが,神社を巡りながら,ふと思う事。それはこの場面は誰が造ってきたのかという点と,誰が継承しようとしているのかという点だ。何かそこにいい知れぬ複雑な思いが,いつもつきまとうようになっている。それはいったい何だろうか・・と。春祭りに出かける。やはりそこでも同じような思いが強くなりつつある。

“日本で議論されてきた「新しい公共」や「協働」ということばは,NPOや社会的企業が現実に抱えてる制度環境上の課題に目を向けずに,社会貢献意欲に燃え,公的資金の投入も必要としない個人や団体に対する安易な都合の良い期待表明でしかなかったように思われる”

違和感は奈辺にあるのか,原点に立ち戻り考えてみよう。