日置道

佐屋街道 日置道 2010-05-01

尾張低地部,海部郡日置(ひおき)郷
古代海部郡の幻影と古代の遺跡,
そしてそこに住まう神々を訪ねて
尾張低地部,「海部」という
面白い領域が存在する。
時代とともに,
新田開発により海が南に,
それに伴い,必然的に街道は南に南に,,
移動した。
海部郡の歴史は古く,
謎おおき場面が残る。
いつ旅しても飽きない場面だ

Square_wht_Right.png「佐屋(さや)街道」
宮宿から岩塚・万場・神守・佐屋宿,
そして三里の渡しで桑名へ
東海道の脇往還として繁栄する。
海路「七里の渡し」をさけ
陸路と,川渡しの
嬉しい街道として整備される。
江戸時代寛政6年(1666)
しかし,その存在は
さらに古く遡る・・ようでもある。

佐屋路07.jpg佐屋三里の渡

佐屋路06.jpg道標(左さや舟場道)

佐屋路09.jpg埋田の追分・大灯籠

佐屋路010.jpg道標(右つしま天王みち)

佐屋路08.jpg式内社柚之伎神社

早朝8:30分,名鉄尾西線佐屋駅下車,
歩きはじめる
駅前の道を西に進むと,
高さのある自然堤防が見えてくる
そこから堤上の道路を北へ,,
なかなかの雰囲気です。
すぐに,佐屋路とぶつかる。
ここが,三里の渡跡,代官所跡
「佐屋御殿」の跡ですか,遺跡としては
とても面白い研究対象だろうにね
街道一の宿場,だった「佐屋宿」は,,
面影はほとんどなし。
もったいないな〜。
佐屋宿をあとに一路「日置」へ

Square_wht_Right.png柚之伎神社(ゆのき)式内社
佐屋宿をあとにして,
須依(すえ)の信号を北上,,
車が多い通りを歩く,
このあたりは佐屋路はよくわからない・・
佐屋発電所が見えくる,
その手前に「佐屋街道」碑
集落の中に柚之伎神社が鎮座する。
・・9:20 4km

Square_wht_Right.png日置(ひおき)現在は「へき」
名鉄尾西線日比野駅周辺からくねくねと,
街道が残る
ついでに寄り道して小さな路地探検,,
なかなか,良い雰囲気です。
しかし,日置の八幡社周辺は
クシャクシャになってます。
このあたりが,海部郡日置郷。
遺跡としては最南端の弥生遺跡分布地
おそらく邪馬台国時代が上限だと思うが。
不確定,
調査では律令期にまとまりが見られる。
ここから,
津島市の愛宕神社まではまずまずだが,
そこから先は,破壊尽くされた街道です。
残念


Square_wht_Right.png埋田(うめだ)の追分
佐屋宿方面と津島神社方面の分岐点(追分)
常夜灯・道標が残る。
そして付近には,三世紀の埋田遺跡が広がる
「左さやみち」「右つしま天王みち」
・・10:00 6.8km
ここから先は,車の多い道路脇を歩く

Square_wht_Right.png諸桑(もろくわ)
道路脇に式内社「諸鍬神社」石標がある
そこで,式内社「諸鍬神社」に立ち寄り参拝,
このあたりも遺跡,さらに諸桑廃寺
日光川をわたり,神守に向かう。
ちょっと北側には,三角縁神獣鏡が伝わる千引の奥津社古墳が見える。
・・10:25 8.1km

Square_wht_Right.png神守宿
神守(かもり)宿に到着。
ギリギリ,何とか宿場の雰囲気が残る。
街角にのこる「憶感(おかん)神社」,
お〜東を向いている・・ぞ
日の出の方向です,気になるが,
さらに「旧社地は車の輪のような畑地」に
存在したようだ,それはどこ・・

久しぶりに「神守の一里塚」を見学して,
良く残った・・と思う。
そうそう,ここには山車蔵があるのですね
,,大きい
三輛の山車,秋祭りですね,,ぜひ見たい
・・11:00 10.7km

佐屋路02.jpg式内社億感神社

海部郡に残る遺跡群

神守から,つまらなく破壊された佐屋街道から分かれて北上,青塚方面に,ここは海部郡でも最も注目すべき遺跡群が存在する。
宇治・蛭間・寺野と遺跡群がつらなる地帯だ
最初のまとまりは「邪馬台国時代」そして次のまとまりは「律令期」。
ここから,古代寺院が連なる不思議な帯空間がはじまる。
だれが,
そのグローバルデザインを造り出したのか・・
達麿くんとその仲間なのか,,
その謎解きはまた・・

名鉄津島線青塚駅到着
15.1kmの旅

佐屋路013.jpg神守宿

佐屋路04.jpg神守の一里塚

佐屋路03.jpg六角堂(辻地蔵)神守

佐屋路05.jpg宇治・蛭間・寺野遺跡群


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街道
佐屋街道 日置道
コース
愛知県愛西市佐屋宿から津島市神守宿
そこから北上して,蛭間・寺野遺跡を経て津島市青塚町方面へ
歩いた距離
15.1km

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